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横浜地方裁判所 昭和38年(ワ)683号 判決

原告 清水靖

被告 高野勘二 外八名

主文

一  原告に対し

被告高野勘二は金拾五万九千九百円、

被告清水サク、同清水伸夫、同清水光子、同清水熱、同野田セキ子および同岩沢良子は共同して金拾万二千円、

被告清水俊三は金拾六万九千弐百円、

被告清水利吉は金壱万九千五百円、

およびそれぞれこれに対する昭和参拾八年八月参拾日以降完済まで年五分の金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は、被告等の負担とする。

三  この判決は、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「主文第一、二項同旨。」の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

「一 原告は横浜市保土ケ谷区今井町字多子谷一、三二一番の五に畑五畝「一五〇坪」を、被告高野勘二、同清水俊三、同清水利吉およびその余の被告等の被相続人訴外亡清水長右衛門(以下被告等中三名および亡訴外人という。)は右土地に隣接してその周囲に別紙〈省略〉一覧表記載の各畑をそれぞれ所有していた。

二 昭和三七年秋ごろ被告等中三名および亡訴外人において同人等所有の右各土地を訴外株式会社不二化学工業所外五名に売り渡す話がでたが、右各土地は原告所有の前記土地を囲んでおり買主等の土地利用の必要上原告の土地をもふくめて一括してでなければ右売買の目的が達せられない状態にあつたので、被告等中三名および亡訴外人は原告に対し同人の右所有地をふくめた一括売却方を再三勧誘したが原告は自己の土地を他に売渡す意思がなかつたのでこれを拒んでいたところ、同年一一月中旬ごろ、被告等中三名および亡訴外人は原告の代理人たる同人の妻清水ナツヨに対し一緒に原告の土地を売つてくれれば被告等は自分達の売渡す坪数に応じて坪当り三〇〇円の割合による金員を原告に贈与する旨くりかえし懇請したので、原告も折れて同人の妻を介して右申出に応ずる旨の承諾をし、ここに原告と被告等中三名および亡訴外人との間に右内容の贈与契約が成立すると共に原告は同人等(同人等の売却各土地は別紙記載のとおりである。)と共に右自己所有の土地を訴外不二化学工業所外五名に売却したが、同人等は原告の催告にもかかわらず、右贈与契約の履行をしなかつた。

三 しかして、訴外清水長右衛門は本件訴訟の進行中昭和三九年一月六日死亡し被告清水サク(妻)、同清水伸夫(長男)、同清水光子(二女)、同清水熱(二男)、同野田セキ子(長女)および同岩沢良子(三女)が共同相続し、同被告等は右贈与契約上被相続人たる訴外亡長右衛門の負担する債務を承継した。

四 よつて、原告は被告等に対して、右贈与契約に基き別紙記載の各贈与金およびこれらに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和三八年八月三〇日以降完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求めるため、この請求をする。」

と陳述し、

被告の抗弁に対し「本件贈与契約が書面に依らない贈与であることは認めるが、右贈与契約は原告所有の土地を被告等中三名および亡訴外人所有の土地と一括して売るという負担が受贈者たる原告に付加されている負担贈与であるから取り消すことはできない。」と反論した。

証拠〈省略〉

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として「請求の原因中、一の事実および二のうちの原告および被告等中三名および亡訴外人が原告主張の頃その主張の各土地を一括して訴外不二化学工業所外五名に売却した事実は認めるが、原告主張の贈与契約が成立した事実およびそのいきさつは否認する。」と述べ、仮定抗弁として「かりに原告主張の贈与契約が成立したとしても、それは書面によらざる贈与であつて、被告等訴訟代理人は本件第三回口頭弁論期日(昭和三九年四月二三日午後一時)においてこれを取消す旨の意思表示をし対席の原告代理人にこれが到達したので右贈与は当初から無効であるから、これを前提とする原告の本件請求は失当である。」と述べ、なお「本件贈与が負担付贈与であることを否認する。」と附加した。

証拠〈省略〉

理由

一  「原告および被告等中三名および亡訴外人がそれぞれ原告主張の各土地を所有していた。」事実(原因一の事実)および「原告および被告等中三名および亡訴外人が原告主張の頃その主張の各土地を一括して訴外不二化学工業所外五名に売却した。」事実(原因二のうちの事実)はいずれも当事者間に争いがない。

二  よつて、先ず右各土地売買成立の経緯および原告主張の贈与契約の成否について案ずるに、右判示各事実のほか証人清水雪雄、同清水ナツヨ、同三村幸夫および同栗原立男の各証言、被告高野勘二本人尋問の結果ならびにいずれも成立に争いのない乙第一号証、同第二号証の一、同第三号証および同第四号証の二、右清水雪雄の証言および被告高野本人尋問の結果と弁論の全趣旨とによりいずれも成立の真正を認める同第二号証の二ないし六、同第四号証の一および同号証の三ないし六を綜合して本件弁論の全趣旨に徴すれば、次の事実が認定される。

「訴外株式会社不二化学工業所外五名は昭和三七年夏頃本件各土地附近に工場用地を求めていたところ、訴外鈴木雪雄の仲介により右訴外会社代表取締役訴外栗原立男が同訴外会社以外の五名をも代理して昭和三七年一〇月二二日原告および被告等中三名および亡訴外人所有の本件各土地(当時農地)を一坪金八、五〇〇円の割合で同人等から右訴外会社外五名が買い受ける旨の売買契約が成立したが、この売買契約履行のため売主たる右五名の権利証、委任状および印鑑証明書を仲介人訴外清水雪雄においてまとめてこれを買主の代表者および代理人である訴外栗原立男に交付するための売主側の最終協議を行うため同年一一月中旬ないし下旬に売主側が訴外亡清水長右衛門宅に集合した際(集合者は右亡訴外人、被告高野勘二、同清水俊三、同清水利吉の代理人として同人の息子および原告の代理人として同人の妻ナツヨのほか右亡訴外人の妻被告サクであり、原告の妻ナツヨが原告の代理人として出席したいきさつは同日被告高野が原告宅に赴き右会合招集の旨を留守番をしていた原告の子女に通知連絡した結果勤務先から帰宅したナツヨが原告の代理人として出席したものである。)、原告の代理人たる同人の妻ナツヨはこれまで原告が他の売主と同一歩調をとつてすでに承認し訴外株式会社不二工業所と前記売買契約をも締結しているのにかかわらず、右売買の目的たる本件各土地のうち原告所有地は前記売買代金額では手放せない旨強く主張したので他の売主等は、原告所有地の所在状況からこれを自分等の土地と一括して売り渡さなければ売買の目的が達せられない事情上、いたく困り果て、訴外亡長右衛門(原告の叔父)の妻被告サクがあつせんに乗り出して換地を提供するからとか、原告以外の売主の売渡地一坪につき金一〇〇円の割合の金を原告に支払うからとかでこのまま既定の売買契約を履行してほしいと申したがナツヨは頑としてこれに応ぜず夜八時頃から真夜中の一二時頃まで接渉を重ねたあげくの果、原告の代理人妻ナツヨと被告等中三名および亡訴外人との間に後者の売却する土地の坪数に応じて一坪三〇〇円の割合の金員を原告に贈与する旨の契約が成立するに至つた。なお、本件各農地を宅地に転用する手続、所有権移転登記手続などについては市内に工場を誘致し又中小企業の育成を職務内容とする横浜市経済局開発課(現在同局総務課)が側面から協力していた。」

以上の事実を認定することができ、証人清水雪雄および同清水ナツヨの各証言中右認定に牴触する部分は措信できず、他に右認定を妨げる証拠はない。

しかして、右事実によれば「原告と被告中三名および亡訴外人との間に同人等所有の本件各土地を代金一坪金八、五〇〇円の割合で訴外株式会社不二工業所に売却する旨の売主等間の内部協定が成立しこれに基いて同人等と右訴外会社等との間に右代金による右各土地の売買契約が締結された後原告とその余の売主等との間の協同歩調が乱れた結果右内部協定(合意)をその当事者間で変更し原告のための加恵行為たる原告主張の贈与契約が成立した。」ことが認められる。すなわち、本件贈与契約の成否についての原告の主張は正当である。

三  しかして、本件訴訟進行中被告清水長右衛門が死亡し被告サク外五名が共同相続をしたことが原告主張のとおりであることは、被告等において明らかに争わずかつ弁論の全趣旨によつても争つたものと認められないから、被告等においてこれを自白したものとみなさるべく、したがつて、特段の事由のないかぎり、被告等は原告主張の本件贈与金の支払をなすべき義務があるものといわねばならない。

四  しかるに、被告等は右贈与契約は書面によらないものであるから被告等主張の取消に因つて当初から無効である旨抗弁し、これに対し原告は書面によらない贈与であることは認めるが、本件贈与は負担付贈与であるから取り消すことができない旨主張するを以てこの点につき按ずるに、「本件贈与契約が原告の所有地をその囲繞地たる被告等中三名および亡訴外人の各所有地と共に売買の目的とせねばならないという負担付のものである。」ことはすでに認定したところによりこれを認めうべく、民法第五五〇条本文によつて書面によらざる贈与契約を取り消すことができるという立法趣旨は、一般的に、贈与者が軽卒に契約することをいましめるとともに、贈与者の意思の明確性を期し後日紛争が生ずることを避けることにあるのであつて、この点負担付贈与も亦有償性が欠けており、普通の贈与の場合と同様に考えられるべきであり(同法第五五三条)、したがつて各当事者においてこれを取り消すことができるが、しかし他面負担付贈与も単純贈与と同じく履行の終つた部分については取り消すことができない(同法第五五〇条但書)と共に受贈者がその負担についての履行を完了した場合にはその贈与契約は原則として拘束的なものになり両当事者ともその取消をすることが許されないものと解する(契約法大系II一八頁以下中川淳氏贈与と書面、特に二〇頁、二二頁参照)との見解を正当と思料する(けだし、受贈者が負担を履行すれば書面によらないでも贈与契約の内容が明らかになりこれを取り消す意義がなくなり、反面受贈者が負担を履行したのにもかかわらず贈与者が一方的に贈与を拒むことができるとすれば贈与契約当事者間の公平を保つことができなくなるからである。)ところ、「原告において本件負担付贈与契約の負担についてその履行を完了した。」ことはすでに認定した事実によつて明らかであるから、本件贈与は書面に依らない贈与契約であるがなおかつこれを取り消し得なくなつたものとせねばならない。したがつて、この点についての被告等の仮定抗弁は結局失当たるに帰するものといわねばならない。

五  されば、被告等は原告に対して同人主張の各贈与金およびこれらに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上かつ暦算上明らかな昭和三八年八月三〇日以降完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金を支払うべき義務を負うことが明らかであるから、その履行命令を求める原告の本件請求はこれを正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項、第三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 若尾元)

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